食行動障害および摂食障害群(Feeding and Eating Disorders)は、食事行動や食物摂取に関連した持続的な障害を特徴とする精神疾患の総称です。これらの障害は、身体的健康や心理社会的機能に重大な影響を及ぼします。
主な障害
DSM-5では、以下の主要な摂食障害が定義されています:
- 神経性やせ症(Anorexia Nervosa: AN):いわゆる「拒食症」
- 神経性過食症(Bulimia Nervosa: BN):いわゆる「過食症」
- 過食性障害(Binge-Eating Disorder: BED):排出行為を伴わない過食
- 回避・制限性食物摂取症:幼児期・小児期に多い
- 異食症:栄養価のないものを食べる
- 反芻症:食物を繰り返し吐き戻す
重要な理解
摂食障害は単なる「食事の問題」ではありません。自己評価、完璧主義、コントロール欲求、トラウマなど、複雑な心理的要因が絡み合った深刻な精神疾患です。特に神経性やせ症は、精神疾患の中で最も死亡率が高い疾患の1つとされています。
疫学
- 好発年齢:思春期から青年期(10代〜20代前半)
- 性差:女性に多い(男性:女性=1:10程度)
- 有病率:神経性やせ症 0.5〜1%、神経性過食症 1〜3%、過食性障害 2〜3%
- 近年の傾向:低年齢化、男性患者の増加
早期発見・早期治療の重要性
摂食障害は、発症から治療開始までの期間が長いほど、慢性化しやすく、治療が困難になります。身体的合併症も深刻化するため、早期の発見と治療開始が極めて重要です。
概要
神経性やせ症(Anorexia Nervosa: AN)は、体重増加への強い恐怖と、低体重の維持を特徴とする摂食障害です。
DSM-5 診断基準
A. エネルギー摂取の制限
必要量と比べてエネルギー摂取を制限し、年齢、性別、発達の軌跡、身体的健康に照らして著しく低い体重に至ります。著しく低い体重とは、正常の下限を下回る体重と定義されます。
B. 体重増加または肥満することへの強い恐怖
体重が著しく少ないにもかかわらず、体重が増えることまたは肥満することに対する強い恐怖、または体重増加を妨げる持続した行動があります。
C. 体重や体型の体験の障害
自分の体重または体型の体験の仕方における障害、自己評価に対する体重や体型の過度の影響、または現在の低体重の深刻さの認識の持続的欠如があります。
サブタイプ
摂食制限型(Restricting type)
過去3ヶ月間、過食エピソードまたは排出行為(自己誘発性嘔吐、下剤・利尿薬・浣腸の誤用)を繰り返していません。
- 主に食事制限、断食、過度の運動によって体重を減らす
- 「完璧主義」「強迫的」な性格傾向が強い
過食・排出型(Binge-eating/purging type)
過去3ヶ月間、過食エピソードまたは排出行為を繰り返しています。
- 制限と過食・排出を繰り返す
- 衝動性が高く、感情調整が困難
- 自傷行為や物質使用を併存することが多い
重症度の指定
成人の場合、BMI(Body Mass Index: 体格指数)に基づいて重症度を指定します:
- 軽度:BMI ≥ 17 kg/m²
- 中等度:BMI 16-16.99 kg/m²
- 重度:BMI 15-15.99 kg/m²
- 最重度:BMI < 15 kg/m²
BMIの計算
BMI = 体重(kg) ÷ 身長(m)²
例:身長160cm、体重40kgの場合
BMI = 40 ÷ (1.6 × 1.6) = 15.625
心理的特徴
- ボディイメージの歪み:実際にはやせているのに「太っている」と感じる
- 完璧主義:「もっとやせなければ」という強迫的思考
- コントロール欲求:食事や体重のコントロールで自己価値を感じる
- 病識の欠如:自分が病気であることを認めない
- 社会的孤立:食事の場面を避け、人間関係が希薄になる
概要
神経性過食症(Bulimia Nervosa: BN)は、繰り返される過食エピソードと、それに続く不適切な代償行動(排出行為)を特徴とする摂食障害です。
DSM-5 診断基準
A. 過食エピソードの反復
以下の両方によって特徴づけられる過食エピソードの反復:
- 過剰な量:他の人が同様の状況で食べるよりも明らかに多い食物を、離散した時間内(例:2時間以内)に食べる
- コントロール喪失感:食べることを止められない、または何をどれだけ食べているかを制御できないという感覚
B. 不適切な代償行動の反復
体重増加を防ぐための不適切な代償行動の反復:
- 自己誘発性嘔吐
- 下剤、利尿薬、その他の薬物の誤用
- 絶食
- 過度の運動
C. 頻度
過食および不適切な代償行動がともに、平均して少なくとも週1回、3ヶ月間にわたって起こります。
D. 自己評価への影響
自己評価が、体型および体重の影響を過度に受けています。
E. 神経性やせ症ではない
この障害は、神経性やせ症のエピソード期間中にのみ起こるものではありません。
重症度の指定
不適切な代償行動のエピソード頻度に基づいて重症度を指定します:
- 軽度:平均して週1〜3回
- 中等度:平均して週4〜7回
- 重度:平均して週8〜13回
- 最重度:平均して週14回以上
過食エピソードの特徴
- トリガー:ストレス、否定的感情、空腹感、飲酒など
- 食べ方:隠れて、急いで、詰め込むように食べる
- 食べ物:高カロリー、甘いもの、普段我慢しているもの
- 量:通常の食事の数倍から10倍以上
- 終わり方:身体的不快感(腹痛、吐き気)またはコントロール回復で終了
過食後の心理
- 罪悪感:「食べてしまった」という強い自責感
- 恥:自分をコントロールできなかったことへの恥
- 不安:体重増加への強い不安
- 排出衝動:食べたものを「なかったこと」にしたい衝動
排出行為の危険性
自己誘発性嘔吐や下剤の乱用は、深刻な身体合併症を引き起こします。電解質異常による不整脈、食道損傷、歯のエナメル質溶解、唾液腺腫脹などが生じる可能性があります。
概要
過食性障害(Binge-Eating Disorder: BED)は、繰り返される過食エピソードを特徴としますが、神経性過食症と異なり、不適切な代償行動(排出行為)を伴いません。
DSM-5 診断基準
A. 過食エピソードの反復
神経性過食症と同様の過食エピソード(過剰な量とコントロール喪失感)が繰り返されます。
B. 過食エピソードの特徴
以下のうち3つ以上を伴います:
- 普段よりもかなり速く食べる
- 苦しいと感じるまで食べる
- 身体的に空腹でないときに大量の食物を食べる
- 自分がどれほど多く食べているかを恥ずかしく思って一人で食べる
- 過食した後、自己嫌悪、抑うつ、または強い罪悪感を感じる
C. 著しい苦痛
過食エピソードについて著しい苦痛が存在します。
D. 頻度
過食が平均して少なくとも週1回、3ヶ月間にわたって起こります。
E. 代償行動を伴わない
過食は、神経性過食症におけるような不適切な代償行動の反復を伴わず、神経性やせ症または神経性過食症の経過中にのみ起こるものではありません。
重症度の指定
過食エピソードの頻度に基づいて重症度を指定します:
- 軽度:週1〜3回
- 中等度:週4〜7回
- 重度:週8〜13回
- 最重度:週14回以上
神経性過食症との違い
主な違いは排出行為の有無です:
- 神経性過食症:過食後に嘔吐、下剤使用などの排出行為を行う
- 過食性障害:排出行為を行わない
特徴
- 体重:正常体重から肥満まで幅広い(過体重・肥満が多い)
- 心理的苦痛:過食への罪悪感、自己嫌悪が強い
- 感情調整:否定的感情への対処として過食を使用
- ダイエット歴:繰り返すダイエットの失敗体験
- 併存症:うつ病、不安症の併存が多い
認知の重要性
過食性障害では、「過食してしまった」→「もうダメだ」→「やけ食い」→「明日からダイエット」→「制限しすぎて過食」という悪循環が形成されやすくなります。この認知パターンを変えることが治療の鍵となります。
多要因モデル
摂食障害の原因は単一ではなく、生物学的、心理的、社会文化的要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
生物学的要因
遺伝的要因
- 摂食障害の家族歴がある場合、発症リスクが7〜12倍高い
- 一卵性双生児での一致率は50〜80%
- セロトニン系の遺伝子多型との関連が指摘されている
神経生物学的要因
- セロトニン、ドパミン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質の異常
- 報酬系(腹側線条体など)の機能異常
- 脳画像研究で前頭葉、島皮質などの異常が報告されている
心理的要因
性格特性
- 完璧主義:自分に厳しく、高い基準を設定する
- 強迫性:細部にこだわり、柔軟性に欠ける
- 低い自尊心:自己評価が低く、他者の評価に敏感
- 否定的感情:不安、抑うつ傾向が強い
認知の歪み
- 体型・体重への過度の注目
- 二分法的思考(「太っている」か「やせている」か)
- 選択的注意(体の「太い」部分ばかり見る)
- 破局的思考(「少し食べたら全部台無し」)
トラウマ
- 幼少期の虐待(身体的・性的・心理的)
- いじめの体験
- 否定的な体型・体重へのコメント
社会文化的要因
やせ礼賛文化
- メディアにおけるやせた体型の理想化
- SNSでの「完璧な」身体イメージの拡散
- ダイエット産業の影響
- 「やせている=美しい、成功」という価値観
対人関係・環境
- 家族からの体型・体重への批判的コメント
- ダイエットの勧め
- スポーツやバレエなど、体型が重視される活動
- 同世代との体型比較
発症のきっかけ
リスク要因を持つ人が、以下のようなストレスフルな出来事をきっかけに発症することがあります:
- ダイエットの開始
- 親しい人の喪失
- 転校、進学、就職などの環境変化
- 恋愛関係の問題
- 体型・体重に関する否定的コメント
- 身体的疾患や怪我
ダイエットと摂食障害
すべてのダイエットが摂食障害につながるわけではありませんが、摂食障害患者の多くはダイエットから始まっています。特に思春期の過度なダイエットはリスクが高いとされています。
診断のプロセス
摂食障害の診断は、以下のステップで慎重に行われます:
- 詳細な病歴聴取:食事パターン、体重の変化、排出行為の有無
- 身体診察:体重測定、バイタルサイン、栄養状態の評価
- 血液検査:電解質、肝機能、腎機能、血算、栄養マーカー
- 心電図:不整脈の有無
- 心理評価:摂食態度調査(EAT-26)、摂食障害調査票(EDI)など
- 身体疾患の除外:甲状腺疾患、消化器疾患、悪性腫瘍など
鑑別診断
身体疾患
- 甲状腺機能亢進症:体重減少、食欲亢進
- 糖尿病:体重減少、多食
- 炎症性腸疾患:体重減少、腹痛
- 悪性腫瘍:体重減少、食欲不振
- 吸収不良症候群:体重減少
精神疾患
- うつ病:食欲不振、体重減少(ただし体型への執着はない)
- 強迫症:食事に関する儀式的行動(ただし体重への恐怖はない)
- 統合失調症:妄想により食事を拒否(ただし体型への執着はない)
- 身体症状症:消化器症状による食事制限
- 回避・制限性食物摂取症:体型・体重への懸念がない食事制限
診断の難しさ
摂食障害患者は、しばしば症状を隠そうとします。特に神経性やせ症では、病識がなく治療を拒否することも多いです。また、複数の精神疾患を併存していることも多く、慎重な評価が必要です。
摂食障害の治療は、栄養リハビリテーション、心理療法、薬物療法を組み合わせた包括的アプローチが必要です。
8-1. 治療の場
外来治療
軽度〜中等度で、身体的に安定している場合:
- 定期的な通院(週1〜2回)
- 個人療法、家族療法
- 栄養カウンセリング
入院治療
以下の場合は入院が必要です:
- 重度の低体重(BMI < 15 または急速な体重減少)
- 深刻な身体合併症(不整脈、電解質異常など)
- 自殺リスクが高い
- 外来治療で改善しない
8-2. 栄養リハビリテーション
神経性やせ症
体重回復が最優先の目標です:
- 目標体重の設定:健康的な体重範囲(通常BMI 18.5以上)
- 段階的な栄養増加:リフィーディング症候群を避けるため慎重に
- 食事計画:管理栄養士による個別の食事プラン
- 食事への同席:入院中は食事に医療スタッフが同席することも
神経性過食症・過食性障害
規則的な食事パターンの確立が重要です:
- 1日3食+間食:規則的な食事リズム
- 禁止食品をなくす:「食べてはいけない」ものをなくす
- 満腹感の認識:適切な満腹感を学ぶ
8-3. 心理療法
認知行動療法(CBT)
神経性過食症と過食性障害に最も効果的とされる治療法です:
第1段階:心理教育と行動変容
- 摂食障害のメカニズムを理解する
- 規則的な食事パターンを確立する
- 食事記録をつける
第2段階:認知の再構成
- 体型・体重に関する歪んだ認知を修正する
- 完璧主義的思考を和らげる
- 自己評価を体型以外にも広げる
第3段階:再発予防
- 高リスク状況への対処法を学ぶ
- ストレス対処スキルを習得する
家族療法(FBT)
特に青年期の神経性やせ症に効果的です:
- 第1段階:親が子どもの食事と体重回復を主導する
- 第2段階:徐々に子どもに食事のコントロールを戻す
- 第3段階:思春期の正常な発達課題に焦点を当てる
対人関係療法(IPT)
神経性過食症に効果的です:
- 対人関係の問題を特定する
- コミュニケーションスキルを向上させる
- 対人関係のストレスへの対処法を学ぶ
8-4. 薬物療法
神経性やせ症
薬物療法の効果は限定的ですが、以下が使用されることがあります:
- オランザピン:不安軽減、体重増加促進
- SSRI:併存する抑うつ、強迫症状に
神経性過食症
薬物療法が有効です:
- SSRI(フルオキセチン):過食・排出行為の頻度を減らす
- トピラマート:過食エピソードを減らす
過食性障害
- リスデキサンフェタミン:FDA承認薬(日本未承認)
- SSRI:過食頻度の減少
- トピラマート:過食と体重の減少
薬物療法の位置づけ
薬物療法は補助的な役割であり、心理療法と栄養リハビリテーションが治療の中心です。特に神経性やせ症では、薬物療法単独での効果は限定的です。
本人へのアドバイス
回復のための心構え
- 治療を受け入れる:早期治療が回復の鍵です
- 完璧を求めない:回復には波があり、後戻りもあります
- 焦らない:回復には時間がかかります(通常数年単位)
- サポートを求める:一人で抱え込まず、助けを求めましょう
日常生活での工夫
- 規則的な食事:1日3食+間食を決まった時間に
- 体重測定の制限:頻繁に体重を測らない(週1回程度)
- 鏡チェックの制限:過度に体型をチェックしない
- トリガーの回避:ダイエット情報、体型比較を避ける
- 感情の言語化:食べる以外の方法で感情を表現する
避けるべきこと
- 孤食:できるだけ誰かと一緒に食事する
- ダイエット:制限的なダイエットは再発のリスク
- 体型比較:SNSでの「理想の体型」との比較
- 完璧主義:「完璧な食事」を求めない
家族・周囲の方へのアドバイス
理解すべきこと
- 深刻な病気:「気合いで治る」ものではありません
- 意志の問題ではない:本人も苦しんでいます
- 長期戦:回復には数年かかることもあります
- 再発のリスク:回復後も注意が必要です
してはいけないこと
- 体型・体重の話題:「太った」「やせた」などのコメント
- 食事の強要:「食べなさい」と強制する
- 監視:過度に食事や体重を監視する
- 批判:「意志が弱い」などと批判する
- 比較:「○○さんは食べられるのに」と比較する
サポートの仕方
- 話を聞く:批判せず、共感的に話を聞く
- 専門家に繋ぐ:早期に専門的治療を受けられるよう支援
- 治療に協力:通院の付き添い、家族療法への参加
- 健康的な環境:家庭でのダイエット話題を避ける
- 小さな進歩を認める:回復の兆しを一緒に喜ぶ
神経性やせ症の家族へ
- 食事のサポート:一緒に食事を取る、楽しい雰囲気を作る
- 過度な運動を制限:医師と相談して運動量を決める
- 体重回復の重要性:体重回復が治療の第一歩
- 根気強く:拒否や抵抗があっても諦めない
神経性過食症・過食性障害の家族へ
- 食べ物の管理を緩める:家に食べ物がないと過食のリスク
- 規則的な食事:家族で一緒に規則的な食事を
- 嘔吐を責めない:罪悪感を強めるだけです
- ストレスへの気づき:過食のトリガーとなるストレスに気づく
家族のセルフケア
摂食障害の治療は、家族にとっても大きな負担となります。家族自身もカウンセリングや家族会などのサポートを受けることが重要です。自分を責めず、できる範囲でサポートしましょう。