身体症状症および関連症群(Somatic Symptom and Related Disorders)は、身体症状や健康への過度の懸念を特徴とする精神疾患の総称です。
これらの障害の共通点は、医学的な検査で十分に説明できない身体症状があること、または検査結果に見合わない過度の健康への不安や懸念があることです。
重要な理解
これらの障害における身体症状は、決して「気のせい」や「仮病」ではありません。患者さんは実際に苦痛を感じており、その苦痛は本物です。ただし、その症状の背景に心理的・社会的要因が大きく関与しているということです。
DSM-5での主な変更点
DSM-5では、DSM-IVの「身体表現性障害」が再編成され、以下の障害が含まれるようになりました:
- 身体症状症:旧「身体化障害」「疼痛性障害」などを統合
- 病気不安症:旧「心気症」から症状の有無で分類
- 転換症(機能性神経症状症):旧「転換性障害」
- 他の医学的疾患に影響する心理的要因:旧「心理的要因による一般身体疾患」
- 作為症:旧「虚偽性障害」
診断の難しさ
これらの障害の診断は非常に慎重に行う必要があります。まず身体的な原因を十分に除外することが重要です。また、患者さんを「心の問題」として扱うことで、医療不信や治療拒否につながる可能性もあります。
概要
身体症状症(Somatic Symptom Disorder)は、1つ以上の身体症状があり、それに関連して過度の思考、感情、行動がある状態です。
DSM-5 診断基準
A. 苦痛を伴う、または日常生活に支障をきたす身体症状
1つまたは複数の身体症状があり、苦痛を伴うか、日常生活に著しい支障をきたしています。
B. 身体症状に関連した過度の思考・感情・行動
以下のうち少なくとも1つが当てはまります:
- 不釣り合いで持続的な思考:症状の深刻さについての過度で持続的な思考
- 持続的に高い不安:健康または症状について持続的に高い不安レベル
- 過度の時間とエネルギー:症状や健康への懸念に過度の時間とエネルギーを費やす
C. 症状の持続
症状のいずれか1つが持続的に存在する(通常6ヶ月以上)
よくある身体症状
- 疼痛:頭痛、腰痛、関節痛、胸痛、腹痛
- 消化器症状:吐き気、下痢、便秘、腹部膨満感
- 神経症状:めまい、しびれ、脱力感
- 循環器症状:動悸、息切れ
- その他:倦怠感、疲労感、睡眠障害
重症度の指定
DSM-5では、基準Bの症状の数に基づいて重症度を指定します:
- 軽度:基準Bの1つが当てはまる
- 中等度:基準Bの2つ以上が当てはまる
- 重度:基準Bの2つ以上が当てはまり、さらに多数の身体症状がある
特徴
- ドクターショッピング:多数の医療機関を受診する
- 検査への執着:繰り返し検査を要求する
- 安心の一時性:検査で異常がなくても、すぐにまた不安になる
- 医療費の増大:過度の受診や検査により医療費が増加
- 社会生活への影響:仕事や家庭生活に支障をきたす
概要
病気不安症(Illness Anxiety Disorder)は、重篤な病気にかかっている、またはかかりつつあるという懸念に専心する状態です。以前は「心気症」と呼ばれていました。
DSM-5 診断基準
A. 重篤な病気にかかっているという専心
重篤な病気にかかっている、またはかかりつつあるということに専心しています。
B. 身体症状がない、または軽微
身体症状が存在しない場合、または存在しても軽度です。重度の身体症状がある場合は身体症状症の診断となります。
C. 健康についての高い不安
健康について高い不安があり、容易に健康について心配するようになります。
D. 過度の健康関連行動
健康に関連して過度の行動を行う(例:身体を繰り返しチェックする)、または不適応的な回避を示します(例:医師の診察や病院を避ける)。
E. 症状の持続
病気への専心が少なくとも6ヶ月間存在します(ただし、恐れられている特定の病気は期間中に変化することがあります)。
2つのタイプ
ケア希求型(Care-seeking type)
医療のケアを頻繁に利用します:
- 頻繁に医師の診察を受ける
- 繰り返し検査を要求する
- 複数の医療機関を受診する
- インターネットで病気について調べる
ケア回避型(Care-avoidant type)
医療のケアをめったに利用しません:
- 病気が発見されることを恐れて受診を避ける
- 検査を拒否する
- 病院や医師を避ける
- 健康情報を避ける
注意点
ケア回避型の患者さんは、実際に重篤な病気があっても発見が遅れる危険性があります。逆説的ですが、「病気が怖い」という恐怖が適切な医療へのアクセスを妨げてしまうのです。
身体症状症との違い
主な違いは以下の通りです:
- 身体症状症:実際に苦痛を伴う身体症状がある
- 病気不安症:身体症状がないか、あっても軽微
概要
転換症(Conversion Disorder / Functional Neurological Symptom Disorder)は、随意運動または感覚機能の変化または欠損を特徴とする障害です。
「転換」という名称は、心理的葛藤が身体症状に「転換」されるというフロイトの理論に由来しますが、現在ではより中立的な「機能性神経症状症」という名称も使われます。
DSM-5 診断基準
A. 随意運動または感覚機能に影響する症状
1つまたは複数の随意運動または感覚機能の変化または欠損の症状があります。
B. 神経疾患との不一致
臨床的所見が、認められている神経疾患または医学的疾患と一致しないという証拠があります。
C. 他の疾患で説明されない
症状が、他の医学的疾患または精神疾患ではよりよく説明されません。
D. 著しい苦痛または機能障害
症状により、臨床的に意味のある苦痛、または社会的・職業的・その他の重要な機能領域における障害が引き起こされます。
よくある症状
運動症状
- 脱力または麻痺:手足、顔面などの麻痺
- 異常運動:振戦、ジストニア、ミオクローヌス
- 歩行障害:歩行不能、バランス障害
- 嚥下困難:飲み込みにくさ、球麻痺様症状
- 発声障害:失声、構音障害
感覚症状
- 感覚麻痺:皮膚感覚の低下または消失
- 視覚障害:視力低下、複視、盲目
- 聴覚障害:難聴、耳鳴り
発作・痙攣
- 心因性非てんかん性発作(PNES)
- てんかん発作に似ているが、脳波異常がない
「ラ・ベル・アンディフェランス」
転換症の患者さんの中には、重篤な神経症状があるにもかかわらず、それほど心配していないように見える「美しい無関心(la belle indifférence)」と呼ばれる態度を示す人がいます。ただし、これは診断的に特異的な所見ではなく、すべての転換症患者に見られるわけではありません。
心理的要因
転換症では、しばしば以下のような心理的要因が背景にあります:
- 一次的利得:心理的葛藤が身体症状に転換されることで、不安が軽減される
- 二次的利得:症状により、困難な状況を回避できる、周囲の注目や配慮を得られる
- トラウマ:過去のトラウマ体験との関連
- ストレス:急性または慢性のストレス
概要
作為症(Factitious Disorder)は、病気の役割を担うことを動機として、身体的または心理的な徴候や症状を偽る行為を特徴とします。以前は「虚偽性障害」と呼ばれていました。
DSM-5 診断基準
A. 身体的・心理的な徴候や症状の偽り
身体的または心理的な徴候や症状の偽り、または傷害や疾患の意図的な惹起が、明白な外的報酬がない状態で行われます。
B. 病者の役割
個人は、自分自身を病気、損傷、または障害のある者として他者に示します。
C. 欺瞞的行動
明白な外的報酬(例:金銭的利得、兵役の回避、薬物の獲得)がなくても、欺瞞的行動は明らかです。
D. 他の精神疾患で説明されない
この行動は、妄想性障害や他の精神病性障害などの他の精神疾患ではよりよく説明されません。
タイプ
自分自身に課せられた作為症
自分自身の症状を偽ります:
- 検査結果を改ざんする
- 自ら傷つける
- 症状を誇張する
- 薬を不適切に使用する
他者に課せられた作為症(代理ミュンヒハウゼン症候群)
他者(通常は子ども)の症状を偽ります:
- 子どもの検査結果を改ざんする
- 子どもに毒物を投与する
- 子どもに不必要な医療処置を受けさせる
虐待の可能性
他者に課せられた作為症は、児童虐待の一形態です。子どもの健康と生命に重大な危険をもたらすため、発見した場合は速やかに児童相談所や警察への通報が必要です。
詐病との違い
作為症と詐病(Malingering)の違いは動機にあります:
- 作為症:病者の役割を担うこと自体が目的(明白な外的報酬なし)
- 詐病:明確な外的報酬(金銭、兵役回避、薬物など)が目的
詐病は精神疾患ではなく、意図的な欺瞞行為として扱われます。
心身症とは
心身症は、「身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態」と定義されます。
身体症状症および関連症群との違い
心身症
身体的所見
検査で明確な器質的・機能的異常が認められる
例
- 胃・十二指腸潰瘍
- 気管支喘息
- 本態性高血圧
- 過敏性腸症候群
- 緊張型頭痛
身体症状症および関連症群
身体的所見
検査で異常が見つからない、または所見に見合わない過度の反応
例
- 身体症状症
- 病気不安症
- 転換症
- 心理的要因による身体症状
重要な点
心身症は「身体疾患」であり、精神科ではなく該当する診療科(内科、皮膚科など)で治療されます。ただし、心理的側面へのアプローチも重要なため、精神科との連携が推奨されます。
診断のプロセス
身体症状症および関連症群の診断は、以下のステップで慎重に行われます:
- 身体的原因の除外:まず十分な医学的検査を行い、身体疾患を除外します
- 心理的評価:ストレス、不安、抑うつなどの心理的要因を評価します
- 病歴の聴取:症状の経過、受診歴、心理社会的状況を詳しく聞きます
- 行動の観察:症状に対する患者さんの態度や行動を観察します
- 他の精神疾患の除外:抑うつ障害、不安症などを鑑別します
鑑別診断
未診断の身体疾患
- 初期段階の神経疾患(多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症など)
- 内分泌疾患(甲状腺機能異常、副腎疾患など)
- 自己免疫疾患(全身性エリテマトーデス、関節リウマチなど)
- 感染症(ライム病、HIV関連疾患など)
他の精神疾患
- 抑うつ障害:身体症状を伴ううつ病
- 不安症:パニック症、全般不安症
- 統合失調症:身体的妄想
- 強迫症:健康への強迫観念
診断の落とし穴
「心理的」という診断を急ぐあまり、身体疾患を見逃してはいけません。逆に、心理的要因を軽視して、不必要な検査や治療を繰り返すことも避けるべきです。包括的な評価とバランスの取れたアプローチが重要です。
身体症状症および関連症群の治療は、心理療法が中心となります。薬物療法は併存する抑うつや不安に対して用いられます。
8-1. 心理療法
認知行動療法(CBT)
最も効果的とされる治療法です:
認知の再構成:
- 症状に対する破局的思考を修正する
- 「最悪の事態」を想定する思考パターンを変える
- 身体感覚の解釈を変える
行動活性化:
- 症状による回避行動を減らす
- 段階的に活動を増やす
- 楽しい活動を再開する
リラクセーション技法:
マインドフルネス認知療法
身体感覚への過度の注目を減らす効果があります:
- 「観察者」としての立場を取る
- 身体感覚を判断せず、ただ観察する
- 「今、ここ」に注意を向ける
対人関係療法(IPT)
対人関係のストレスが症状に影響している場合に有効です:
- 対人関係上の問題を特定する
- コミュニケーションスキルを向上させる
- 役割の変化や対立に対処する
8-2. 薬物療法
抗うつ薬(SSRI/SNRI)
併存する抑うつや不安に対して:
- セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)は慢性疼痛にも効果
- パロキセチン、セルトラリン、デュロキセチンなど
抗不安薬
短期的な不安の軽減に:
- 依存性のリスクがあるため、短期使用に限定
- 認知行動療法の妨げにならないよう注意
薬物療法の注意点
薬物療法だけでは根本的な解決にはなりません。また、過度に薬に頼ることで、「薬がなければダメだ」という認知を強化してしまう可能性もあります。心理療法と組み合わせることが重要です。
8-3. 医療との連携
プライマリケア医との協働
かかりつけ医と精神科医の連携が重要です:
- 定期的な診察:不必要な検査を避けつつ、定期的にフォローアップする
- 症状の検証:新しい症状が出たときは、身体的原因を適切に評価する
- 治療の一貫性:複数の医師が一貫したメッセージを伝える
転換症の特別な治療
転換症では、以下のアプローチが有効です:
- 理学療法:運動症状の改善
- 作業療法:日常生活動作の回復
- 催眠療法:一部の患者に効果的
- 段階的な機能回復:「治る」という期待を持たせながら進める
本人へのアドバイス
症状との付き合い方
- 症状を観察する:どんな時に悪化するか、良くなるかを記録する
- 破局的思考に気づく:「最悪の事態」を想像していないか自問する
- 身体チェックを制限する:過度な身体チェックは不安を高めます
- インターネット検索を制限する:病気について調べすぎない
- 活動を続ける:症状があっても、できる範囲で活動を続ける
ストレス管理
- リラクセーション:毎日10-15分のリラクセーション時間を作る
- 適度な運動:ウォーキングなどの軽い運動を習慣化する
- 睡眠の質:規則正しい睡眠習慣を維持する
- 楽しみの時間:趣味や楽しい活動を大切にする
医療機関との関わり方
- かかりつけ医を決める:信頼できる医師を1人決める
- ドクターショッピングを避ける:複数の医師を渡り歩かない
- 検査結果を信頼する:「異常なし」という結果を受け入れる練習をする
- 心理的側面も考える:心理療法を受け入れる姿勢を持つ
家族・周囲の方へのアドバイス
理解すべきこと
- 症状は本物:「気のせい」ではなく、本当に苦痛を感じています
- 意図的ではない:「わざと」症状を作っているわけではありません(作為症を除く)
- 批判は逆効果:「大したことない」と言うと、さらに不安が高まります
- 複雑な問題:簡単には解決しない、長期的な問題です
サポートの仕方
- 話を聞く:批判せず、共感的に話を聞く
- 症状以外に注目:日常の会話を症状の話題だけにしない
- 活動を促す:一緒に散歩や趣味を楽しむ
- 過度の配慮を避ける:病人扱いしすぎると、症状を強化してしまいます
- 治療に協力:心理療法への参加を支援する
家族の燃え尽き
長期にわたる症状への対応は、家族にとって大きな負担となります。家族自身もサポートを受けることが重要です。家族会やカウンセリングの利用を検討しましょう。